アパレル販売員・高山のブログ

現役アパレル店員としての体験をマンガにしています。

ビンの思い出

 

今日の記事は、なんということもないのですが

昔あるアパレルのお店で販売員をしていた時の思い出・・・。

 

 

ある冬の日、平日の午前中、

フロア中にもお客様が数人しかいらっしゃらないような

かなり閑散とした時のことでした。

 

暇だから店内のレイアウトが良いかどうか確認しよう、

お店の外から全体を見てみよう、とお店から数歩出てみたら・・・

 

お店の前でおじいさんが倒れている?!

 

いえ、よく見ると、今にも寝そべらんばかりの体勢で、

おじいさんがお店の正面の棚の下の方にカメラを向けているのです。

 

以前不審者からいたずら電話を受けたこともあった私は、

警戒気味に「お客様どうされましたか?!」と声をかけました。

 

おじいさんは起き上がって、

 

「このビンを撮っていたんですよ」

 

その棚の最下段には、大きなビンに造花をぽんぽんと差したものを

置いていました。

店内の飾りとして用意しているけれど

なにせビンなので危ないということで、

そんな下段に置いていたのでした。

 

「そういうことでしたら、ぜひもっと明るい所でどうぞ」

 

棚の上段を整えて、ビンを移動。

ずっと下段にあって分からなかったけれど、

ビンはうっすらセピア色がかった色をしていました。

 

「これは光が良く当たって綺麗ですね」

 

と顔をほころばせてシャッターを切るおじいさんを見ていると、

雑に下段へ追いやられていたはずのビンも、

くしゅくしゅの黄色い造花も、

とても美しいものだなという気がしてならないのでした。

 

「おかげでね、良い写真が撮れましたよ」

 

おじいさんが見せてくださったビンの写真を見て、

その美しさに息が止まり、「素敵ですね」の一言も出なくなってしましました。

 

ビンの向こう側に、私がいつも働くお店が写り込んでいたのです。

色とりどりのニットも、

サイズも様々に並べられたブーツも、

ギフト用に飾られたピカピカのアクセサリーも

試着室のカーテンも、

ぼんやりと小さく、でも確かにセピア色のビンの中に閉じ込められていました。

 

やっと言葉を取り戻した私は、つい

「ありがとうございます」

と言っていました。

 

その後おじいさんと私は写真のこと、お店のことを少しお話ししました。

お話しの途中にも、そして最後お別れ際にも、

おじいさんが何度も

「今日は良い日だ・・・」

とつぶやいていらっしゃったのが印象的でした。

 

 

今でも冬になりお店にニットやブーツが並ぶと、

ビンの透き通ったセピア色を思い出します。

 

今のお店にはビンの置物はないけれど、

商品ではないインテリアも、商品が並んでいない棚も、

拭き掃除は心を込めて行います。

買う商品がないという方にも、

「今日は良い日だな」と思っていただけるように。