服が1番美しい時
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抜群のプロポーションのマネキンが着るときよりも、
服が美しく見える瞬間があるんです。
今日お店で、その瞬間に立ち会った気がします。
少しずつ入ってきた春服の中に、ツイードのピンク色のワンピースがありました。
私はそのワンピースが、どうも気にくわなかった。
古くさい生地で、ぼんやりした色で、売れるなんて思いもしなかった。
そのワンピースを、試着させてください、と持ってきたのは、黒髪の質素な女性でした。
試着室から出た女性にかけた、私の「お似合いですね」の一言は、決して商業的なお世辞ではなかったのです。
ハンガーにかかってくすんでいたピンクは、彼女の黒髪と調和して、生きた春の色になっていました。
「派手かな、でも、とてもきれいな生地だと思ったから」
そう言いながら鏡を眺める彼女も、試着室のカーテンをくぐる前よりも幸せそうなのです。
たったそれだけなのですが、一人のお客様が、ひとつの商品をお買い上げくださっただけなのですが、ちょっと私は感動しました。
これであの服は精一杯輝ける。
そしてこれからの彼女の人生に彩りを添えるだろう。
温かなツイードのピンクを。
毎日たくさんの服が入荷され、飛ぶように売れていく、その流れの中にいると、衣服が人間の希望となれることを忘れかけます。
ですが衣服は、人肌を暖めてこそ真価を発揮するもの。
目まぐるしい商業の流れを、衣服と人の幸せを作る出会いに変えることが、ショップ店員の使命かな、と思います。
自分が着飾ることだけじゃなく、衣服を通して他人の人生に彩りを加えたいです。
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突然「春服」などと書かれているので
「ん?」と思われた方もいらっしゃるかと思いますが...。
こちらは私がアパレルのバイトを始めて数ヶ月の頃、
まだ10代の頃に書いた文章です。
当時の素直な気づきと感動が書かれていますが、
人が着ている時の方が服が美しく見えるって、変わらず今でもあります。
ハンガーにかけられて静かに待つ服たちに
命が吹き込まれる瞬間に立ち会える今の仕事、
本当に幸せだなと思います。